グランドキャニオンは言わずと知れたアメリカ西部を代表する大峡谷です。何万年もかけてコロラド川が大地を浸食して作り上げた壮大な景観はエベレストやグレートバリアリーフなどと並び「世界の七大自然の驚異」のひとつに数えられています。
私はこうした自然の景観を前にすると割と素直に感動するタイプです。富士山を見たときも、ナイヤガラの滝を見たときも、「うわー」とか「すげー」とか「きれー」とか言えず、しばらくその場に立ち尽くしたものです。
グランドキャニオンを初めて訪れたときもそうでした。凄い、凄いとは聞いていたけれど、実際に目にすると、これはやっぱり凄いです。圧倒されます。
ただ、大きな声では言えませんが、私の感動はそれほど長持ちしません。どれだけ絶景であっても、ただ景色を眺めているだけなら、せいぜい10分ほどで飽きてしまいます。あくまでも私の場合は、ですけど。
ディズニーランド化した観光スポットから離れてみる
インフォメーションセンター近くの展望台
それにグランドキャニオンは世界的に有名な観光地ですので、とにかく人が多いのです。そしていささか便利過ぎるのです。
メインとなる展望台には広大な駐車場、インフォメーションセンター、ギフトショップ、レストランなどの施設が充実し、舗装された歩道で繋がっています。園内には無料シャトルが走っています。至れり尽くせりです。
目の前に広がっているのはたしかに大自然です。しかし、あまりにも苦労も危険もなく、周りは観光客だらけで(自分もそのひとりなのですが)、ディズニーランドで人工のお城を眺めているのと本質的には変わらないのではないか。そんな気までしてきます。
だから、私はこうしたときはあえて不便さを求めることにしています。ホテルに泊まらないで、テントで寝る。シャトルバスには乗らないで、園内は自転車で移動する。トレイルがあれば歩いてみる。そうした旅をします。
もちろん私は登山家のようにハードボイルドな本格的アウトドア派ではありません。それでも快適さを求めて観光する人たちに比べたら、どっちかと言えば、私の方が自然に親しんでいる、という自負もあります。そうしなくては見ることができないものもあると考えています。
グランドキャニオンを身体で楽しむ3泊4日。夜逃げに似ていなくもない
峡谷の尾根を走るサイクリング
インフォメーションセンターを起点として、峡谷の稜線に沿って走るサイクリングロードがあります。端から端まで約20kmくらいですので、全長446kmといわれるグランドキャニオンのほんの1部に過ぎません。
それでも、自転車に乗って少しだけ走ると、喧噪を離れ、自分ひとりだけ(と思える)の景色を好きなだけ眺めることができます。
サイクリングロードはよく整備されていますし、多少の起伏はありますが、ほぼ平坦な道のりですので、自転車に乗り慣れていない人でもまったく問題ありません。むしろ本格的なサイクリストには物足りないかもしれません。
園内のサイクリングロード案内看板
私は自分の自転車を持っていきましたが、無論その必要はありません。むしろ、そんな人は少数派です。園内のレンタサイクルは充実していますので、遠くから訪れる人も手ぶらで気軽にサイクリングを楽しむことができます。
インフォメーションセンター近くのレンタサイクル駐輪場
Apple Watch を着けて走れば、後でルートや時間を地図付きで確認することができますので旅のメモ代わりにもなります。
この日のApple Watchに記録されたデータ。4時間強のサイクリングで走行距離は約35キロ
峡谷を歩いて下りてみるトレッキング
園内にはいくつものトレイルがあり、そのなかのいくつかは出発地点(Trailheadと呼ばれます)まで無料シャトルバスでも行くことができます。
そのどれも崖の上から谷底に向かって降りていくルートです。展望台からは常に峡谷を上から見下ろしているわけですが、トレイルを長く歩けば歩くほど、様々な角度からグランドキャニオンの眺望を楽しむことができるというわけです。
トレイルはよく整備されているので運動靴でも十分歩ける
通常の登山とは逆に、行きは下りで比較的楽な道のり、帰りはずっと登り道ということになります。まさに「行きは良い良い帰りは恐い」というわけです。完全に谷底まで降りて、コロラド川が流れるところまで行こうとすると、日帰りではできません。そうなると、本格的な登山装備が必要ですし、届け出もしなくてはいけません。
当たり前のことですが、下りたら下りた分だけ、帰りの登りも長くなるわけですので、登山素人は、ほどほどのところで引き返すことになります。
「下りるのは自由だけど、登りは義務だよ」と注意を呼び掛ける看板
私は最も人気があるブライト・エンジェル・トレイル(The Bright Angel Trail)を選び、5つある休憩スポットのうち2つまで下りて、そこから引き返してきました。朝から歩き始めて、出発地点まで戻ってきたのはお昼前でした。根性を出せば、もう少し先まで行けたのでしょうが、私にはこれくらいで十分です。
この日のApple Watchに記録されたデータ。4時間弱のトレッキングで高低差は約630m
旅は少しだけしんどい方が楽しいかも
特にそうしようと決めていたわけではないのですが、後でApple Watchのデータを見ると、私が行ったサイクリングもトレッキングも4時間程度でした。前後の準備や行き帰りの時間を含めると、ほぼ半日かかるということです。それくらいが旅のアクティビティとしては丁度良いくらいなのかもしれません。Apple Watchのバッテリー切れも心配しなくて済みますし。
観光がてらのサイクリングとトレッキングは、タイムを競うわけではありません。写真を撮ったり、景色を眺めたり、人によっては俳句を詠んだりするために、頻繁に立ち止まることになります。
ですので、少し動きを止めただけで、「ワークアウトを終了しましたか?」と訊ねるのだけは止めてほしいなあ、とこれだけはApple Watchに要望したいと思います。サボっているのではなく、楽しんでいるのですから。あるいはどこかで設定できるのかもしれませんが。
頻繁に見る羽目になったメッセージ
ところで、半日程度でもアウトドアを楽しむときには水分補給だけは必須なのですが、グランドキャニオンには強い味方があります。園内のあちこちにグランドキャニオンの美味しい天然水を補給できるスポットがあるからです。水筒かボトルを1本だけ持参すればいいので、これは本当に助かります。
天然水を補給できるスポットはサイクリングロードにもトレイルにもあった
車で展望台を周るのに比べると、アウトドア派の旅は少しだけ体力と気合が必要になります。汗もかきますし、靴下も汚れます。それさえ厭わなければ、グランドキャニオンを100倍楽しむことができますよ、と元気のある人にはおススメしておきます。
●執筆者プロフィール 角谷剛(かくたに・ごう)
アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州アーバイン市TVT高校でクロスカントリー走部監督を務める。年に数回、フルマラソンやウルトラマラソンを走る市民ランナーでもある。フルマラソンのベストタイムは3時間26分。公式Facebookはhttps://www.facebook.com/WriterKakutani