Apple Watchはランナー間で評判の高いスマートウォッチです。走っている最中にリアルタイムでペース、距離、時間、心拍数などを腕時計の画面で確認できますし、走り終えた後はそれらのデータをiPhone上のアプリでより詳しく見ることができます。
こうした機能はApple Watchのいわば「純正アプリ」として製品の基本サービスに含まれているものですが、それとは別にiOSで動く他社のランニングアプリをApple Watch上で使用することも可能です。
手順としては、iPhoneのアップルストアでアプリを購入、あるいは無料ダウンロードし、Apple Watchでの使用を選択し、さらにデータ共有を許可する過程が必要になります。
一口にランニングアプリと言っても、それぞれの製品やサービスには異なる由来や目的があり、使用するユーザー層もまた異なります。そうした様々なランニングアプリをApple Watch上での使いやすさという観点から魅力や特長を比較してみよう、というのが今回の狙いです。
同じ時間帯に同じコースを同じペースで、アプリを変えて走った7日間の実験
実験に用いたコース
実験と呼ぶには大げさですが、何事かを比較評価する際には、他の影響要因をなるべく除外することは基本中の基本です。そこで、今回の記事を書くにあたり、私は以下のルールを設定しました。
・毎朝起床後、朝食を食べる前に、同じコースを走る。
・信号待ちがなく、立ち止まることなく走り続けることができるコースを選ぶ。
・可能な限り、一定のペースを守って走る。
・Apple Watchは走っている時間帯のみ着用する。
このルールを守ったうえで、使用するランニングアプリだけを変えて、毎朝のジョギングを行ってみたのです。具体的には、毎朝7時頃に家を出発し、約6.2キロのほぼ平坦な公園周りのコースを、42分前後かけて走りました。使用したアプリは以下の通りです。
・日曜: Strava
・月曜: Nike Run Club
・火曜: Adidas Running
・水曜: Runkeeper
・木曜: TATTA
・金曜: Zones
・土曜: Apple Watch 「ワークアウト」
実験期間中の「ヘルスケア」データ。7日間の運動量を可能な限り一定に保った
「恋人よ、これが私の1週間の仕事です」というわけですが、下はあくまでも私がApple Watchでそれぞれのアプリを使ってみた個人的な感想であり、アプリそのものの良し悪しを評価するものではないことをお断りしておきます。
また、Apple Watchで使用できるランニングアプリは勿論これだけではなく、他にもたくさんあります。
Strava
スクリーンショット ― 左上:Apple Watch(スタート前)、左下:Apple Watch(スタート後)、右:iPhone (ラン終了後)― 以下共通
Stravaはランニングやサイクリングのデータを記録、共有するアプリとしては最も有名なもののひとつでしょう。ユーザーは世界中で約1億人いるといわれ、未だに毎月数百万人のペースで増え続けているそうです。毎月使用料が発生するサブスクリプション・サービスですが、私は2週間の無料トライアルを利用しました。
走り始めるときは「屋外ランニング」を選択すると、自動で記録が開始されます。走り始めると、経過時間、ペース、距離、心拍数といったデータがリアルタイム表示されます。走り終えたときは画面を右方向にスワイプし、「完了」ボタンを押し、さらにデータを「保存」するか「破棄」するかを選択します。こうした操作手順はApple Watch上で動くアプリの標準的なものといえるでしょう。
走った距離、時間、カロリー、心拍数などのデータはiPhoneの「ヘルスケア」アプリにも同期されていました。ところが、「ワークアウト」アプリではランニングに関する記録が残っていませんでした。GPSによるコース地図、スプリットタイムなどの情報はStravaでしか見ることができないということです。
StravaはSNSやコミュニティとしての側面が大きいサービスです。元々の利用者がスマホを持たずに腕時計だけで走ることができるのはApple Watch上で利用することの大きなメリットでしょう。
Nike Run Club
Nike Run Club(以下NRC)では走り始めるときは「スタート」ボタンを押すだけ。他にオプションはありません。走っている間は経過時間、距離、心拍数、ペースがリアルタイム表示されますが、距離の文字が大きく目立ちます。
走り終えた後の手順もStravaと同じです。iPhoneに同期されたデータもほぼ同じでした。心拍数が記録されませんでしたが、これは私の初期設定にミスがあったためと思われます。
NRCはランナーのレベルごとにコーチングやアドバイスを受けられることが大きな特長です。逆に言うならば、自分のデータを残すだけが目的のランナーはとくにApple Watch上で利用するメリットはないように思います。
Adidas Running
今回の実験で最もトラブルが多かったのはAdidas Runningでした。結論から言えば、データをアプリ上で記録することができなかったのです。
「スタート」ボタンを押すと、カウントダウン15秒が開始されました。それが0になるまで待って走り始めました。ところが、走り始めてしばらくすると(200~300メートル)、Apple Watchに「屋外ランニングを開始しましたか?」のメッセージが表示されました。仕方なく、「はい」のボタンを押すと、それ以降はApple Watchのランニングアプリが画面に表示されてしまいました。
走り終えてから、Adidas Runningを見ると、距離が0.01マイルで止まっていました。iPhoneのアプリにはデータは記録されていますが、65分かかって、0.01マイル走ったってことになっていました。
しかし、Apple Watchの「ワークアウト」アプリにはデータは記録されていましたので、無駄足を踏んだというわけではありません。あるいは私の操作にミスがあったのかもしれません(多分そうでしょう)が、Adidas RunningをApple Watch上で使用することを「個人的には」推奨できません。
ただ、iPhone上に残されたAdidas Runningアプリの結果画面を見ると、ワークアウトに関する基本的なデータの他に「失われた水分」という項目があります。運動量を把握できなかったわけですので、当日の天候と私の個人テータから推測したものと思われます。もしエクササイズによる発汗量を正確に把握できるとすれば、それは有用な情報になるでしょう。
Runkeeper
Runkeeperは元々は独立したアプリでしたが、2016年にアシックスに買収されたそうです。ただ使用している分にはアシックス製品の宣伝のようなものは特に感じません。
「スタート」ボタンを押すと、3秒のカウントダウンが始まりました。走り始めると経過時間、距離、ペースが表示されるのも、他のアプリと同じです。
Runkeeperのユニークな点は距離だけではなく、経過時間ごとに通知があることです。つまり、5分ごとに距離を音声で通知し、マイルごとにタイムを振動で通知してくれるのです。スロージョグやLSD (Long Slow Distance) といったトレーニング方法ではランナーは距離よりもむしろ時間を重視します。その意味ではかなり役に立つ機能です。
ペースは前回との差(プラス、マイナス)も表示してくれます。長い距離を走る際にはペースが上下することは避けられませんので、前回とのペースがどう変化しているかはが一目で分かるということは、これもランナーにとってかなり有用な情報です。
走り終えた後にデータを保存すると、iPhoneにあるRunkeeperのアプリだけではなく、Apple Watchの「ワークアウト」アプリにも同じデータが記録されていました。これはそれまでに使用したアプリにはなかったことです。つまり、Runkeeperを使用した日もしなかった日も、Apple Watchを着用している限りはランのデータが保存されるわけですので、これもランナーにとって使い勝手が良い側面です。
TATTA
TATTAは日本のランニングサイトである「RUNNET」と連携したアプリです。日本で開催されるレースで公式アプリとして使用されることが多く、日本のランナーには最も馴染みが深いランニングアプリかもしれません。
そのためでしょうか、操作方法が他のランニングアプリと少し異なっています。まずTATTAのアプリをiPhoneにインストールすると、Apple Watch へのアクセス許可をiPhoneではなく、Apple Watchで設定する仕組みになっていました。これは上で使ったどのアプリとも異なっています。
Apple WatchでTATTAの「スタート」ボタンを押すと、画面が「停止」ボタンを表示したままになっています。タイムやペースを見るには画面を左方向にスワイプしなくてはいけませんでした。
走り始めると経過時間、距離、ペースがリアルタイム表示されるのは他のアプリと同じですが、TATTAの画面は最も見にくいように感じました。画面に黒い余白が多く、文字がやや小さいためでしょうか。見えないという訳ではありませんが、他のアプリに比べると見やすさが劣ると思いました。また心拍数もリアルタイムでは表示されません。
TATTAは走り終えたときの操作もユニークでした。画面を右方向にスワイプして、「停止」ボタンを押すところまでは他と同じですが、データを保存するには、そこからさらに下方向にスワイプするようになっています。
もちろん、操作方法の違和感は慣れの問題ですし、そもそもTATTAだけを使うのであれば問題にさえなりません。Runkeeperと同様に、iPhoneにはTATTAアプリだけではなく、Apple Watchの「ワークアウト」アプリにも同じデータが記録されていました。
TATTAが特に優れたアプリだとまでは思いませんが、日本でレースに参加する人にとっては便利な(あるいは必須の)ツールではないでしょうか。
Zones
Zonesの正式名称は「Zones for Training」。ランニングアプリというよりは、心拍数のモニタリングを通して各種運動の効率化を助けるアプリで、ランニングもその運動の種類に含まれます。
走っている間もZonesが表示するのは経過時間と心拍数のみ。心拍数が画面の中心に見やすく表示されます。心拍数の数値(bpm)の上には最大心拍数に対する割合(%)を計算して表示してくれます。
ランナーに限らず、この割合はトレーニングの強度を設定する際に重要な目安になります。例えば、ゆっくりと脂肪を燃焼させることが目的なら最大心拍数の60~70%くらい、心肺持久力を向上させることが目的なら最大心拍数の70~80%くらいとされていて、それがつまり心拍数の「ゾーン」と呼ばれるものです。
走り終えた後で、iPhone上の結果画面にはゾーンごとの運動時間が棒グラフで表示されます。上の画像の例(有酸素ゾーン27分、脂肪燃焼ゾーン13分)で言えば、もし私がダイエットを目的としていたのなら、もっとゆっくり走るべきだったし、もしレースに向けてトレーニングしていたのなら、もっと速く走るべきだった、ということになります。
Zonesは他のランニングアプリと異なり、走っている最中の距離やペースはApple Watch上ではリアルタイム表示されません。しかし、ラン終了後に結果のデータをiPhoneで確認することはできます。しかも、その結果にはZonesを起動させずに他のアプリを使用したときの運動データも含まれます。目的に応じてトレーニングを効率化したいと考えている人にとっては、Zonesはとても便利なツールになるでしょう。
Apple Watch 「ワークアウト」
Apple Watchについてくる「ワークアウト」アプリですので、画面操作方法や取得されるデータの内容などはこれが標準になっているのでしょう。まず運動の種類で「屋外ランニング」を選び、スタート。走り終えた時には画面を右方向にスワイプして、「終了」からデータ「保存」あるいは「破棄」を選択します。
Apple Watchのバージョンが7になったとき、画面サイズが以前より大きくなり、文字も見やすくなったと好評でした。しかし、今回あらためて他のアプリと見比べてみますと、まだまだ改良の余地があるかなとは思いました。表示項目が多すぎるのかもしれません。
また、運動を開始するときに「スタート」ボタンを押さなくても、しばらくすると(数分程度)、Apple Watchが自動検知して「○○のエクササイズを開始しましたか?」と訊ねてくる機能があります。「はい」ボタンを押すとデータが記録されるのですが、どうやらそのデータは運動を開始したときに遡って記録されるようです。意図して「スタート」ボタンを押したときと自動検知のときで、タイムと距離はほぼ変わりませんでした。これはなかなか優れた機能ではないかと思います。
結論:極私的なランキング
7日間の実験を終了した結果、あくまで私個人の好みで比較すると、Apple Watchに追加するランニングアプリとして一番のおススメはZones、2番目はRunkeeperです。どちらも基本的なランのデータを取得できるうえに、ユニークかつプラスアルファの情報を提供してくれるからです。
もちろん、他のアプリにはそれぞれの目的(SNS、コーチングなど)に応じたサービスや機能があります。それらを既に利用している人が、走るときにスマホを持たなくてよくなり、Apple Watchで実現できることは大きなプラス要因でしょう。スマホのサイズがどんどん大きくなっている昨今は尚更です。
●執筆者プロフィール 角谷剛(かくたに・ごう)
アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州アーバイン市TVT高校でクロスカントリー走部監督を務める。年に数回、フルマラソンやウルトラマラソンを走る市民ランナーでもある。フルマラソンのベストタイムは3時間26分。公式Facebookは https://www.facebook.com/WriterKakutani