ここ数年、着実に利用者が増加しているスマートウォッチ。これまでファッションの一部として腕時計を買っていた人にも、「次はスマートウォッチを買ってみようかな」と考えている人は増えているでしょう。
では、スマートウォッチの登場は、腕時計業界にどのような影響を与えているのでしょうか。本記事では、ブログ『マッハの時計研究室』を運営する現役腕時計販売員・マッハ氏が、その現状を分析します。
「Apple Watchの年間売上がROLEXを凌駕」の衝撃
「スマートウォッチは腕時計ではない」
スマートウォッチが発売された当時、時計業界内でそんな通説が広まっていました。自身が時計販売員として働いている現場でも、同僚や先輩、メーカーの営業担当などを通じて何度も耳にした言葉です。
スマートウォッチはあくまでスマートフォンの延長線上にあるウェアラブル端末であり、いわゆる「時計」とは一線を画すものである。そうした考えが少なからずあったのです。
しかしそこから10年と経たず時代は大きく変わりました。
スマートウォッチ市場の躍進スピードは筆者の想像の遥か上をいき、2017年にApple Watchの売上(当時、約6,600億円超)は当時の時計業界王者Rolexの売上をはじめて上回りました。
そしてコロナ以前の数字にはなりますが、2019年の「時計メーカー世界売上高ランキング」は以下のとおりになりました。
1位 Apple 150億ドル
2位 Swatch Group 84億ドル
3位 Rolex 52億ドル
4位 LVMH 47億ドル
5位 Richemont 32億ドル
(出典:最新業界別売上高世界ランキング第4巻)
ちなみにここで言う「2位 Swatch Group」「4位 LVMH」「5位 Richemont」は一つのブランドではなく、それぞれ名だたる有名ブランドの複合体です。
たとえば、世界最大手のスイスの腕時計メーカー「Swatch Group」では、基幹ブランド「OMEGA」を筆頭に「LONGINES」「Breguet」「BLANCPAIN」「HAMILTON」「swatch」など計10以上の名だたる有名時計ブランドが展開されています。
上記のランキングはそれらの各ブランドの合計となるので、いかにApple Watchの売上が大きいかが分かります。これは時代の転換を象徴する出来事といえるでしょう。
そこで今回は、そのような急拡大を続けるスマートウォッチ市場が時計業界へ与えた影響について、筆者が現役の時計販売員の立場から思う事を解説していきます。
高まる警戒感。スマートウォッチが変えた時計業界の流れ
冒頭の「スマートウォッチは腕時計ではない」という通説に関しては、筆者の立場も同様の意見を持っています。この点については、時計に携わる専門家や愛好家の方々も同じでしょう。
しかし、世間を見渡し、スマートウォッチが腕時計に置き換わっている現実に直面すると、時計市場が少しずつ浸食されているのもまた事実です。
何せ、腕時計に関心の高い人でなければ、腕にまとって時間を知らせてくれる機器は「時計」に違いないのです。
そして長年時計販売の現場で働いてきた肌感覚として、近年のスマートウォッチが与えた時計業界への影響として、個人的に気になる大きな流れは以下の2点です。
1.クオーツ市場の縮小
2.ブランド化(高価格帯路線)
1.多機能・低価格のスマートウォッチの影響でクオーツ市場が縮小
まずスマートウォッチが変えた時計業界の流れの一つ目として、クオーツ市場の縮小が挙げられます。
Apple Watch、Fitbit、Huaweiなどに代表されるスマートウォッチ市場の売れ筋商品の価格帯は数千円~5万円。この価格帯は時計市場においては「低価格帯」にあたります。
この手の届きやすい価格帯の中に、スマートフォンとの接続によって時間が正確であるということ以外にも
・心拍計測
・歩数、消費カロリー
・通知機能
・運動記録
・GPS測位
などの機能が付いているため、腕時計は機能面でスマートウォッチに太刀打ちできなくなりました。
「多機能・低価格」。そんなスマートウォッチの魅力がメディアやSNS、口コミなどから多くの人に知れ渡り、そして身に着けるようになりました。
当然ですが、人の腕は2本、一度に着ける時計は1本。そのため多くの人が日常的にスマートウォッチを使いだしたことで、腕時計の使用頻度は相対的に少なくなったのです。
普段接客をしていても明らかに数年前よりもスマートウォッチを身に着けて来店されるお客様の数は増えています。
そうした状況下で、もっともスマートウォッチと競合するのはクオーツ時計。これは水晶振動子を用いた時計で、いわゆる電池を使った時計。私たちが最も馴染み深く、「腕時計」とイメージした時に多くの人が思い浮かべる電池を動力とした時計です。
そんなクオーツ時計の特徴の一つとして、機械式の時計と比べてパーツが少なく大量生産が可能であるため、製造コストが低く抑えられ比較的廉価である点が挙げられます。
実際に販売されているクオーツ時計の多くは5万以内であることも多く、価格面でスマートウォッチと正面からバッティングします。
さらにクオーツ時計は機械式時計と比べて、
・時間が正確である
・衝撃や磁気帯びに強い
・すぐに時計が止まらない(※)
といった実用面でのメリットがあります(※一般的に機械式時計は、着けていない状態で2~3日置いておくと時計が止まります。そのため再度ぜんまいを巻き上げて時間を合わせる必要あり)。
そんな実用面の便利さを謡ったクオーツが、さらなる実用性を備えたスマートウォッチに市場を奪われているという構図です。
実用面・機能面で従来のクオーツ時計よりも優れたものが同価格であれば、そちらに流れる人がいても何ら不思議ではありません。
このようにクオーツ時計の市場はスマートウォッチの影響を受け縮小傾向にあるのです。
2.同じ土俵では戦わないための「ブランド化」(高価格帯路線)
さきほど、スマートウォッチの影響によるクオーツ市場の緩やかな減退を解説していきましたが、この状況に時計業界も手をこまねいているわけではありません。
時計メーカーの生き残りと今後の持続的な成長を図るための打開策として、ブランド化(高価格帯路線)を打ち出しています。
たとえば時計業界大手メーカーの代表は過去のインタビュー記事において、「スマートウォッチを警戒し、競合を避けるべく高価格帯路線へのシフトへと戦略を大きく転換している」と明言しています。
これに追随する形で、他メーカーも高価格帯へのブランド化を目指しているのです。この流れは今後も続く大きなトレンドの一つとなるでしょう。
単純な図式となりますが、「売上=本数×単価」です。今はコロナウイルス感染拡大により全体的な時計需要が大きく減少していることもありますが、それ以前から時代の変化によって時計業界全体の需要は停滞、もしくは緩やかに縮小傾向にありました。
つまり今後本数を大きく伸ばすことは難しいと言える局面です。
であればもう一つの指標である「単価」に目を向けるのは必然となります。近年の国産メーカー各社が発表する新作モデルを見ると、従来品よりも付加価値を付け、高価格帯化が進んでいます。
価格帯をズラし、機能を語るのではなく「ブランド」を語る。つまり同じ土俵では戦わない。そんな時計メーカーのスマートウォッチに対する警戒感の強さが見て取れます。
実用性より「魅せる」側面へシフト。腕時計に求める価値の変化
販売員の立場からしても、もし腕時計が価格面や機能面でスマートウォッチと勝負をしたら”負け”の未来は避けられないと思います。
たとえば、同じ5万円で腕時計とスマートウォッチを比較検討しはじめたら、多くの場合はスペックや利便性での勝負となり、腕時計にさほど関心の高くない大多数の人は後者に流れる可能性が高いです。これは実際に来店するお客様から耳にする「だったらApple Watch買うよね」という言葉に集約されています。
であれば違う土俵で戦うしかありません。
ここに腕時計としての価値、あり方を再度見直すことが求められていると感じます。つまり従来の「時間を知る」といった機能的な側面ではなく、ファッション性や身なり、社会的なステータスといった「見せる(魅せる)」という側面により重きを置くようにシフトするということです。
これは販売する現場でも スマートウォッチと腕時計の使い分けを意識する人が明らかに増えていることからも言えることです。実用面や機能面をスマートウォッチに求め、腕時計にはビジネスシーンや冠婚葬祭などのきっちりとした身なりが求められる場面での活用などはその最たる例でしょう。
そこにスマートウォッチと共存していく時計業界の活路があると思うのです。
■執筆者:マッハ
アラサー男子の現役時計販売員。現在は神奈川の某店舗に勤務している。好きな腕時計は自らも愛用中の『オリエントスター』。ブログ『マッハの時計研究室』では、SEIKO、CITIZEN、CASIO、ORIENT(EPSON)など国産時計を中心に、メーカーの新商品情報やニュース、決算情報などをレポート中。Twitter IDは@You2022
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